平園クリニック

平塚市岡崎の内科・婦人科・健診

 

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絵のある待合室 第23室

 

絵のある待合室221


 峰村リツ子 「静物」 1928 10号 太平洋画会出品作

現存最初期の貴重な出品作である。尾崎眞人氏(元平塚市美、現京都市美)にも見て頂いた事を思い出す。峰村20歳の作品であり、女性の描いた絵には見えない。当時の峰村の男勝りの生命力を感じるさせる。小泉清や洲之内徹との交友関係はよく知られている。戦前の女流画家としての役割も大きい。個性的な魅力ある画家である。

 絵のある待合室222


  鶴田吾郎 「ラトビア風景 リガ市」 1930 8号

この絵を入手したのが今から6年前くらいであろうか。京都の星野画廊が所蔵する鶴田吾郎の名品「フィンランドの娘」1930を見て以来、この時代の滞欧作を探していた時に出会った作品である。キャンバス裏には訪れた北欧の地図が描かれており、この作品も「フィンランド娘」と同じ時期に描かれた会心作のひとつだろう。青木茂著「旧書案内」第28話の中にこういう件を発見した・・・鶴田吾郎の自署」「素描の旅」の中で1930年の素朴で優雅なラトビアのリガでの1ヶ月が記されている・・・と。木漏れ日の午後、ひとりの老人が正面を向いて立っている平凡な風景。しかし絵になるのは老人だからであろう。

 

絵のある待合室223


 川口軌外 「果物」 1934 4号板

暗いバックに津波を連想させる筆致の白絵具、しかしその中央では色とりどりの果物たちが桶の中で何するものぞと、肩寄せ合ってデンと踏ん張っている。初期の軌外の色彩は宝石のように美しい。希望の光が消えないうちに一刻も早く復興を!
 

 

絵のある待合室224


 
 星野鐡之 「静物」 1970 6号


横浜洋画の王道を行く作家の1人である。四谷十三雄、芥川麟太郎との3人組みはよく知られている。四谷は25歳で早世したため3人展は幻になったが、私は自宅で密かに3人展を開催しているのである。このビンとクルミの静物は四谷が好んで描いたビンの静物を彷彿させる。味わい深い作品である。

絵のある待合室225


  中野桂樹 「帰牛」 1949 18x34x11㎝ 

明治26年1月27日青森県西津軽郡に生れた。本名健作。少年時代から弘前の彫刻家、早坂寿雲に木彫の手ほどきをうけ、大正7年上京して太平洋画会研究所に入り藤井浩祐に塑造を学び、また東京美術学校彫刻別科の朝倉文夫教授の教室に籍をおき彫塑修業の本格的基礎を沢田晴広らとともに研修し、同10年卒業した。大正7年第12回文展に初入選してより、文・帝展に入選すること12回、その間、昭和4年第10回帝展「慈眼」、第11回帝展「瑞應」、第12回帝展「浄薫」で連続3回特選をかち得、昭和6年以来無鑑査となり、大正12年東台彫塑展には東日大毎賞をうけ、戦後の日展では、出品作「鹿」(昭和24年)が政府買上げとなり、同29年審査員をつとめるなど、終始官展系の木彫耆宿作家として重きをなした。一方、東京美術学校卒業後、内藤伸に師事した縁で昭和6年日本木彫会の創立に参劃して以来同36年2月同会解散に至るまでその中核的存在として活躍し、伝統木彫の新解釈による雅致に富んだ独自の作品を生んだ。この作品は昭和24年に政府買上げとなった「鹿」と同じ年に彫られた「牛」である。それぞれの足から伝わる重力が筋肉、骨、腱に至るまで見事に表現されている。牛が身近であった時代であればこそ彫れた作品だろう。小品だがレベルは高い。

 

絵のある待合室226


226    上村松園  「享保美人夕暮の図」 紙本部分 下絵  明治41年

227   鈴木松年  「李白観瀑図」 絹本部分 明治44年

画家の色恋はコレクターにとっても興味深いものであるが、その主人公はいつも男である。特に明治時代ともなれば女性画家の存在は稀有であり、ましてやである。松園が一子、松篁を生んだのは明治35年27歳の時である。父親は鈴木松年、当時日本画壇の指導的立場にあり、豪放磊落で包容力があり聖俗併せ持った人物であったようだ。松園が若くして独自の美人画を確立し、高い評価を受けることができたのは、「師に入って師を捨てよ」との松年の言葉が心の支えとなり、師の松年も男尊女卑の封建的な画壇で、松園の実力を世に送り出すために助言し応援したと言われる。その過程においていろいろとあったにはせよ、二人のロマンスが美術史に残る出来事として語り継がれる事になった大きな理由は、女性である松園が主人公であるからだ。下絵ではあるが若き松園の浮世絵美人画と松年の李白大幅(227)を並べてみた。眼を細め瀑布を観上げる李白は、稀代の弟子松園を思い浮かべる松年の自画像にも見え、享保美人もまた初恋の人でもあり師匠でもあった松年に微笑みかけているように見える。「過去のことは水に流して・・」との思いが男の私にそう思わせているのかもしれない。226は平成17年・18年に平塚市美術館「七夕展」に出品されている平塚に相応しい作品でもある。

 

 

絵のある待合室227


                                    226をご参照下さい。

 

 

絵のある待合室228


 国方林三 「童女」 大正期 23㎝

ギャラリー内田から購入した国方の佳品である。今となってはこの時期の作品はほとんど見なくなった。
 

 

絵のある待合室229


 堀 進二 「足を拭く女」 1918 30㎝ 共箱

青年期の堀の作品には芯の通った造形とフレッシュな煌きがあって好ましい。大正期の作品は見なくなった。

 

 

絵のある待合室230


 
 山本豊市 「聴」 43㎝ 共箱

日本人唯一のマイヨールの直弟子である。派手さはないが、滋味のある裸婦像には定評がある。ほっとする裸婦のブロンズ作品は意外に少ないものだ。