平園クリニック

平塚市岡崎の内科・婦人科・健診

 

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絵のある待合室 第10室

 

絵のある待合室91


    作者不詳 20号  滝の詩  

  滝の如く激しく 滝の如くたゆまず 滝の如く恐れず 

  滝の如く朗らかに 滝の如く堂々と

  男は王者の風格を持て 

 

絵のある待合室92

 

  林 武 「幹子夫人像」1920年代 3号 ボード 油彩 レゾネ掲載作品

 

林武が巨匠となれたのは幹子夫人の存在が大きいことはよく知られている。画家の妻の鏡でもある。慈愛に満ちた夫人の瞳が印象的である。このボード裏には林の指跡がクッキリ残っている。貧乏時代の青年画家が、ボードを左手に持ちながら愛妻を真近で描いていた風景が浮かぶ。この作品にはサインがない。その代り幹子とあるのは、特別な作品であるからだろう。当にプライベート作品の傑作であると思っている。画家は妻の絵を描くことが多々ある。「画家の妻」展も面白いと思うが如何だろうか。

 

  

 

絵のある待合室93

 

川又常正 「伊勢物語 河内通い」 33.8x49.8cm  (生没年不詳:江戸時代中期の浮世絵師)

常正は、川又常行の門人。享保(1716年-1736年)-延享(1744年-1748年)期に、師・常行と同様の温雅な画風の肉筆美人画を数多く残している。釣雪斎と号したが、署名は「常正筆」でほぼ一貫している。代表作として、「浴室脇の男女図」、「桜下遊女と禿図」、「見立許由巣父図」、「婦女観花図」、「桜下詠歌美人図」(以上東京国立博物館所蔵)、「羽根つき美人図」、「見立紫式部図」(以上出光美術館所蔵)、「青楼遊客図」(板橋区立美術館所蔵)などが挙げられる。古典文学や故事を題材とした見立絵を得意とし、京都の人気絵師西川祐信の絵本から図様を拝借した。常正の描く美人は、その大半が少女のような愛くるしさを湛えており、その中性的な美人表現や風俗描写は鈴木春信と共通点が多い。現在確認されている作品数は50点前後。門人に、川又常辰がいる。埋没物故作家(洋画、彫刻など)の発掘顕彰をライフワークにしている私にとって、その過程でどうしても浮世絵(世界の近代洋画界を変えたのはまさしく鎖国が生んだ日本独自の庶民絵画芸術の頂点であるのが浮世絵である)を避けては通れない。その中で特に肉筆浮世絵の魅力は特別だ。この作品は川又常正のものであり、祐信から影響を受けつつも春信に多大な影響を与えた京の浮世絵師(生没年不詳)で、狩野派・土佐派と言った伝統絵画の技法も踏まえた上での肉筆浮世絵を描き、その女性像は中性的で可憐であるとされているが、常正に関する資料は少ない。

 

絵のある待合室94


  水野 朝 「かお」 1970 10号

私は、水野 朝の20代の作品が好きだ。1枚ほしかったがこの1枚あれば満足である。1階の突き当りの壁に掛かっている我が家ではお馴染の婦人像だ。なんとなく妻に似ているらしい。

 

 

絵のある待合室95


  木心舎 「兎」 1939 27㎝  

切れ味のイイ兎である。共箱には舎主である吉田白嶺の監修印が押されている。資料的価値のある珍品である。

 

絵のある待合室96


  鈴木正道 「夕暮れの村 アグラ インド」 SM キャンバス油彩

作者は横浜元町では有名な画廊、「爾麗美術」の主である。横浜洋画の正当な継承者として貴重な存在である。
 

 

絵のある待合室97


 

 今西中通 「風倒木」 4号 ミクストメディア 梅野隆シール

今西を再発掘し、私財を投じて世に出したのは故梅野隆氏(東御市梅野記念絵画館初代館長)である。この絵の質の高さは尊敬するH学芸員のお墨付きであるが、梅野館長のシールがこの絵の価値を証明している。今西の抽象は今も新しい。

 

絵のある待合室98


 中山巍 「猫を抱く少女」 1948 30号 第16回独立展出品作

 この絵のモデルは中山の愛娘・玲子嬢である。中山は妻と娘をモデルに多くの代表作を描いている。画家が家族をモデルにすることはよく目にするが、どれも優品揃いだと感じている。

 

絵のある待合室99


  神谷信子 「わかれ」 1952 SM ガラス絵

  戦後を代表する女性前衛画家であり、広幡憲の愛人でもある。とても貴重な作品である。

 

 

絵のある待合室100


 

 青山熊治 「風景」 SM 板油彩

青山熊治の風景の凄味と粘りには独自の風がある。露仏の9年に渡る極貧の放浪期に培ったものだろうか。この作品もその頃のものだろう。右下にK aのサインがある。梅野隆シール。